デス・オーバチュア
第33話「炎の悪魔と最強の剣士」



森林の国グリーン。
国とは名ばかりで、小さな村が点在しているに過ぎない。
少なくとも『人間』だけの範疇で考えればそうだ。
グリーンの領地でもっとも面積を占めるのがハーティアの森。
ハーティアの森、そこは人間の立ち入ることの許されない、人間でない存在が住まう森。
その森に赤い女が足を踏み入れようとしていた。



「ルーヴェ帝国最後の皇帝ルヴィーラ・フォン・ルーヴェはエルフが大嫌いでした。だから、エルフとそれに類する肉を持った妖精や妖魔を片っ端から虐殺しました。その結果、全ての国、大陸からエルフ達は姿を消し……今ではこのハーティアの森で外界と完全に関係と接触を断ち怯え暮らしている僅かな者達しか残っていません……まあ、その最後の生き残り達も森ごと、私が灼き尽くしちゃうんですけどね〜」
イェソド・ジブリールは誰に聞かせるわけでもなく語った。
「後一歩踏み出せばそこは異界……つまり、ここまでが普通の森で、ここからがハーティアの森ということですね。さて、どうやって結界を破壊しましょうか……やっぱり面倒だから結界ごと全部燃やしちゃいますかね〜」
イェソドの左手に赤い羽でできた団扇が出現する。
「あははーっ! 燃え尽きろ〜」
イェソドが羽団扇を扇ぐと、巨大な炎の蝶が生まれた。
炎の蝶は炎の鱗粉を撒き散らしながら結界に向かって飛翔する。
だが、森と森の境、結界に激突しようとした瞬間、炎の蝶は真っ二つに両断された。
「あや? どなたですか、邪魔をしたのは?」
両断された炎の蝶は無数の火の粉と化し消え去っていく。
その舞い散る火の粉の中から一人の男が姿を現した。
長身の細身を漆黒のロングコートに隠した、銀髪に青眼の冷たい美貌の青年。
「悪いが、仕事なんでな、邪魔させてもらう」
青年は剣を鞘から抜き放ちながらそう宣言した。



「あは〜、ただの鋼の剣で私の炎の蝶を切り裂いたと言うんですか? 悪い冗談ですよ〜」
「次はお前を切り裂かせてもらう」
宣言と同時に、青年は一瞬でイェソドとの間合いを詰めた。
交錯する銀と赤の閃光。
「あはっ!」
青年が剣を横に薙ぐのと、イェソドが羽団扇を振り下ろすのはまったくの同時だった。
ただの羽団扇だったのならあっさりと切り裂かれていただろう。
だが、羽団扇は炎を吐き出し、さながら炎の剣と化していた。
「せっかちな人ですね。早すぎる男は女性に嫌われますよ〜。せめて、名乗ってからにしませんか、殺し合うのは?」
「ふん、いいいだろう。ガイ・リフレイン、それがお前を殺す者の名だ」
名乗りが終わると同時に、ガイは剣を振り下ろす。
「あははははーっ!」
羽団扇から吐き出せれる炎の刃が剣をギリギリで受け止めた。
「本当に正真正銘、丈夫なだけのただの鋼の剣なんですね。そんなものでよくもまあ、私の炎と打ち合うことができますね〜」
「武器に頼るのは二流のすることだ」
「あややっ!」
ガイの切り返した剣撃を、イェソドは後方に跳ぶことで辛うじてかわす。
「あははっ、一流の剣士と斬り合えるほど、私は剣術は得意じゃないんですよ〜」
「俺の初撃を受け止めておきながら、よく言う」
「ですので、私流の戦い方で戦わせてもらいますね〜」
イェソドはもう一度後方に跳び退ると、羽団扇をガイに向けて扇いだ。
「炎の蝶〜っ!」
イェソド本人よりも巨大な炎の蝶が三羽生まれる。
炎の蝶達は炎の鱗粉を撒き散らしながら、ガイに向かって襲いかかった。
「くだらん技だ」
ガイは吐き捨てるように言うと、三匹の炎の蝶を同時に縦一文字に両断する。
「あは〜、流石は北方大陸一の剣士ガイ・リフレインです。剣一本でここまで私の炎と渡り合うなんて……」
イェソドは心底感嘆したといった感じで言った。
「本来なら、炎の蝶一匹で、街の一つや二つ簡単に滅ぼしてお釣りがくるんですけどね〜」
「ふん、楽をしようとせず、さっさとお前の本当の実力を見せたらどうだ?」
「あははっ、やっぱり解るんですか?」
「当然だ。これ以上勿体ぶるなら力を見せる前に死ぬことになるぞ」
「あははは〜っ、これは失礼しました。今から本気ですよ〜、行きます! 紅蓮炎舞(ぐれんえんぶ)!」
イェソドが羽団扇を扇ぐと、紅蓮の炎がガイに向かって吐き出される。
「くだらんっ!」
ガイの剣の一振りがあっさりと炎を掻き消した。
「本命はこっちですよ! 紅蓮天衝(ぐれんてんしょう)!」
「くっ!?」
ガイの足元から吹き出した炎柱がガイを呑み込む。
その勢いは火山の噴火のような激しさだった。
「あはははははは〜っ! 紅蓮天衝を赤霊魔術なんかのちゃちな炎と一緒にしないでくださいね。紅蓮天衝はどんなものでも一瞬で灼き尽くす、地獄の業火ですよ〜」
『そうか、地獄の業火というのは思ったよりも生温いものだな』
火柱の中からガイの声。
次の瞬間、火柱は内側から真っ二つに両断された。
姿を現したガイは殆ど無傷である。
「ふん、流石にこの剣はもう駄目か。切れ味はともかく、丈夫でいい剣だったんだがな」
ガイの剣は刀身の殆どが蒸発して消滅していた。
「あは〜、紅蓮天衝を破ったのは人間ではあなたが初めてですよ〜」
イェソドは愉快そうな表情で言う。
「アルテミス、替えの剣だ」
『えっと、魔法銀(ミスリル)と重圧変化精神感応金属(オリハルコン)とあるけど、どっち?』
「魔法銀だ」
『はい〜』
ガイと姿なき声との会話の後、ガイの左手の掌から一本の剣が吐き出された。
「うわ、体の中から剣が飛び出るなんて便利ですね〜。魔法銀製ですか?」
「悪魔相手には鋼よりは気休めになるだろう? 銀の十倍以上の破邪の金属だからな」
「ほぇ、気づいていたんですか、私の本質?」
「お前と同じような『感じ』の奴を斬ったことがあるんでな」
ガイの剣の刃が鈍い輝きを放つ。
「行くぞ」
ガイは一瞬で間合いを詰めると、迷わず剣をイェソドに振り下ろした。
「超熱結界!」
イェソドの体中から赤い光が溢れ出し、ガイを弾き飛ばす。
「あはははっ! 私に近づくだけで蒸発しますよ〜」
「それがどうした」
ガイが剣を振り下ろすと、イェソドを包み込む赤い光の幕が切り裂かれ、消滅した。
「はぃ!? 『熱』まで『斬り』ますか、普通?」
「お前と戦うのは飽きた……もう消えろ、悪魔っ!」
ガイはイェソドを十字に切り裂く。
しかし、四分割されたイェソドの肉塊は炎に転じ、消え去った。
「ちっ……」
舌打ちするガイの背後に新たなイェソドが出現する。
「あはははっ、これで終わりですよ、火焔聖母(かえんせいぼ)!」
イェソドの言葉と共に、ガイを赤い光の幕が包み込んだ。
「なんだ、これは……?」
幕に包まれた途端、ガイの体が感じる温度が上がっていく。
「その幕はどんどん中の温度が上昇していきます。その温度に上限はありません、中の物が跡形もなく蒸発するまで無限に熱くなっていきますよ〜」
「くだらん、ならばそれより速く斬り……」
「灼き尽くせ!」
熱の幕が弾けるように炎の幕へと変化した。
炎の幕は荒れ狂うように激しさを増していく。
「火焔聖母は無限の炎、例え斬り裂くことができようが、斬った傍から炎は生み出され続け、逃れることは決してできませんよ。あなたが灼き尽くされるまで〜」
『なるほど……確かに完璧な技だ』
ガイの声が聞こえてきた直後、唐突に炎の幕は消滅した。
無傷のガイが姿を現す。
ガイの左手には青銀色の輝きを放つ美しい剣が握られていた。



「認めてやる、お前の勝ちだ、俺の負けだった……俺がこいつを持っていなかったらな」
ガイは青銀色の幅の広い剣をかざして見せた。
「静寂の夜(サイレントナイト)……悪いがこいつの力を使わせてもらった」
「あははっ、最強の剣士の手に最強の神剣ですか、まさに鬼に金棒、ある意味出来過ぎですね」
「…………」
「でも、私は負けませんよ。紅蓮炎舞っ!」
イェソドの羽団扇が前の紅蓮炎舞とは比べ物にならない激しく膨大な紅蓮の炎を吐き出す。
ガイは自ら炎に向かって突進した。
ガイが炎に向けて静寂の夜を突き出すと、紅蓮の炎が突然消滅する。
「はぇぇっ!?」
予想外の現象に、イェソドに一瞬の動揺が生まれた。
ガイはその一瞬のすきを見逃さず、右手に持っていた魔法銀の剣をイェソドに投げつける。
魔法銀の剣はイェソドの右胸に深々と突き刺さった。
「げふぅっ!」
イェソドが吐血する。
「あらゆる力を無効化する。完全なる静寂……それが静寂の夜の力だ」
ガイの静寂の夜はイェソドを縦に真っ二つに切り裂いた。












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